2000年9月~12月 月間自然良能から要約
明石市に住む藤井定義さんは下肢の痛みで歩くのもままならぬようになり、整形外科で腰部脊柱管狭窄症と診断され、手術をと言われた。
その時、前会長の本を読み、浜田接骨院を訪れて骨盤調整と出会う。
その症状と治癒の推移を記した記録をいかに記す。
患者さんとしての藤井さんの印象は、自己管理がしっかりした人ということである。
そのことは藤井さんの日誌にもよく表れていると思う。
浜田接骨院院長 濱田 勝良
1.歩行困難で定年後の予定を変更する
97年11月初旬
ソファなどの柔らかい椅子に座る(骨盤と背骨が曲がる時)左下肢の脹脛から足首にかけて軽い痺れが発生
12月初旬
T病院の整形外科にて、腰部レントゲン検査を受けるが特に異常なしとのこと。ウォーキングを開始。
98年3月5日
ウォーキング約15分くらいしたとき、左下肢の脹脛と、大腿部の裏側にひきつりによる痛み。連続歩行が困難に。
3月6日
T病院の整形外科へ行く。再度レントゲン検査の結果、特に異常なし。
その後も左下肢の痺れ、筋の張りによる痛みが続き、その感覚が15分から10分に短縮。
3月17日
別のM整形外科医院で腰部レントゲンを受ける。腰部脊柱管狭窄症の診断。
〈原因〉加齢により推間板が摩擦し、推体が前方に滑ったため、脊柱管が狭くなり、神経を圧迫、そのために痺れが出るとのこと。
〈治療〉骨盤牽引と低周波による温熱マッサージ
以後治療を毎週5~6回3カ月続ける。
3月22日
一度に歩ける時間は5分間に短縮された。それ以上はつらくて痛くて歩けない。
4月
症状は改善せず。
T病院、I病院 でレントゲンやMRIを受ける。
腰椎4番と5番の間で炎症があると診断、尾骶骨より注射の治療を受けるが好転の兆しなし。
5月
イタリア旅行へ旅立つ。現地に到着したときから、左側の首筋が張る以上を自覚。
翌日から左下肢の痛みに耐えながら休息をとりながら観光をする。
5月18日
T病院での診察で手術を含む、レントゲンで投資しながら麻酔薬を痛みの原因である部分に直接注入する神経根ブロックの治療を受けた方がいいと勧められる。
神経根ブロックは、神経を麻痺させて痛みをトル治療法であり、根本療法ではない。
効果は大きいが、神経の損傷、細菌などの感染などの危険もあるといわれる。
その一方、筋力を鍛える体操療法が極めて大切な腰痛治療は、神経ブロックによって痛みが消えた後も、体操は必要であると言われる。
そんなとき、自然良能会の前会長・五味雅吉著の「推間板ヘルニアは手術なしで治る」に接する。
そこで述べられている仙腸関節理論に興味を持つ。
約6カ月を目途に骨盤調整治療を受け、その結果により手術をするかどうかを決めることにした。
骨盤調整理論は画期的で試してみる価値がある。
・腰痛その他の疾患はすべて骨盤の変位からくる
・その骨盤の異常は仙腸関節のずれによってひきおこされる
・仙腸関節のずれを正せば腰痛は治る。
まず、本にあった「バラコン運動(ゴムバンドによる腰回し)を行う
バラコン運動の効果
1.仙腸関節を正しい位置に戻す
2.筋肉を鍛える
3.筋肉の代用
4.親族の代用
5.マッサージの代用
とのことだ。
5月19日
バラコンバンドの運動を朝晩、右左各10回(合計40回)ずつ実行。
しびれ、筋の張りによる痛みがでて、立っていることができない。
6月1日
T病院の手術を辞退することにする。
6月15日
3カ月治療したM整形外科では好転しなかったため、治療を中止。
6月19日
自然良納会明石支部、濱田勝良支部長に骨盤調整の治療を受けることにした。
施術後、体が軽くなり痛みも薄れたように思えた。
6月23日
骨盤調整に通って3回目。手ごたえを感じ希望が持てそう。この治療で頑張ってみようと思う。
7月1日
濵田先生に「骨盤を中心に全骨格の調整をしても、原、背筋力が弱いと背骨を支持できない」と言われる。
腹、背筋力を鍛えるためフィットネスクラブに入会し、筋力の回復に努めるとともに体重の軽減を図る。
毎晩バラコン運動を左右各20回、一日合計80回励んでいる。
7月
会談の途中で一回休まなくてはならなかったり、5分歩いて5分休む状態は相変わらず。
骨盤調整7回とフィットネスクラブでの筋力を回復するためのトレーニング計10回に励んできた。
まだ確たる成果は出てこないが、期待できるものがある。
8月28日
骨盤調整治療総数24回。
フィットネスクラブ総数25回。
左下肢の筋の張りによる痛みの発生までの歩行時間は5~10分。
好転の兆しなし。